境界を越えて(夜昼)


この手に抱いて、零れ落ちる涙に唇を寄せた
触れられぬ距離に募った愛しさが溢れてやまない―…



□境界を越えて side:夜□



初めて言葉を交わした日を昼は覚えていない。
覚えていなくてもいいと夜は思っている。

己の腕の中で安心したように眠る昼の額に口付けを落として、柔らかな栗色の髪に触れる。
そっと起こさぬように、シーツに散らばるその髪に指先を絡めゆっくりと梳いた。

「ん…ぅ…」

毛先が頬を擽ったのか夜の腕の中でもぞもぞと体を動かし、昼はむずがるように共に眠る夜の胸元に頬を押し付けてくる。
熱を共有した後の肌に、直に触れる吐息がくすぐったくて……愛しい。

仄かに残る熱の余韻に頬を緩ませ、心地好いその微睡みに身を委ねる。
無防備に身を寄せてくる昼を抱き締め、夜はゆるりと双眸を細めた。

《…ひる》

深く、深く…その心ごと抱き締めて、溢れて止まないこの想いが伝わればいい。
夜と昼の境界を越えて、一つに交じり合う黄昏時のように。
俺のすべてをお前にやれたなら…。

そこまで思って夜はふと口許を緩めた。

《そうしたらお前を愛せなくなるか》

すぅすぅと聞こえる寝息を少しだけ奪って、触れ得る距離に愛しさで心が震えた。

「ん…よる…?」

《起こしちまったか?》

「…ん、どうか…したの?」

まだ夢現なのかたどたどしい口調で話す昼に夜は柔らかく瞳を細めて、囁くように低い声で眠りを促す。

《いや。まだ朝には早い。ゆっくり眠れ昼》

「う…ん。よるも…いっしょに…」

《あぁ…、おやすみ》

くぅ…と直ぐにまた寝入ってしまった昼に夜は優しげな笑みを零し、自身もまたそっと瞼を下ろした。

腕の中に愛しいぬくもりを抱きながら―。



[ 19]

[*prev] [next#]
[top]



- ナノ -